STAKEHOLDER INTERVIEWS
グローバルヘルスR&Dに関わる
ステークホルダーへのインタビュー
この5年で日本が変わったこと
今後日本と世界が進む未来
DEVELOPMENT
03
ナタリー・ストラブウォルガフト
顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
今、なぜ改めて顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTDs)が重要な問題として考えられているのでしょうか?
顧みられない熱帯病(NTDs)は、主に世界の最貧困層に極めて大きな影響を与える18種類の病気のことをいいます。これらの病気はもう何十年も、製薬企業の研究開発から見放されてきました。なぜなら、貧しい人々のために医薬品を開発しても、その投資に見合うだけの利益が製薬企業に還元されないため、企業にとってのインセンティブが存在しないからです。顧みられない熱帯病の患者さんは主にアフリカやラテンアメリカ、アジアに存在します。患者さんの身体を衰弱させ、容貌・外見を損なわせ、視力を失わせ、死に至らしめる疾患もあります。繰り返しになりますが、世界の最貧困層、中でもとりわけ女性や子どもに大きな影響を与えています。疾患の罹患率、死亡率、労働生産性の損失、経済成長の低下、貧困の悪循環など、極めて大きな疾病負荷をもたらします。世界保健機関(World Health Organization: WHO)は顧みられない熱帯病のリストを作成し、治療薬やワクチンの開発、感染の制御、最終的には顧みられない熱帯病を地球から制圧するための解決策を広く求めています。
顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)は、どのような目的と経緯で設立されたのでしょうか?
顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(Drugs for Neglected Diseases initiative: 以下、DNDi)は、国境なき医師団(Médecins Sans Frontières: MSF)がノーベル平和賞を受賞した後、様々な機関と連携して患者さんが必要とするニーズに応えた医薬品の研究開発を推進する非営利機関として2003年に設立されました。
DNDiは最も顧みられない病気で苦しむ患者さんのニーズに応える医薬品を研究開発しています。また、熱帯病が流行する地域の研究機関の協力を得てDNDiは設立されました。国境なき医師団も主な設立メンバーの一つで、ケニアのKEMRI研究所、インド医療評議会(Indian Council of Medical Research: ICMR)、マレーシア保健省、フランスのパスツール研究所、ブラジルのオズワルド・クルス財団なども設立メンバーに名を連ねています。WHOの熱帯病医学特別研究訓練プログラム(WHO-TDR)が常任オブザーバーになっています。
設立当初、DNDiの官民連携モデルが機能するのか、従来の製薬企業のビジネスモデルでは難しい医薬品の研究開発を推進する新たなモデルとなり得るのか、などについて検証するために、医薬品の研究開発の対象範囲をキネトプラスト類による疾患、つまりアフリカ睡眠病、内蔵リーシュマニア症、シャーガス病のみに限定しました。
DNDi の設立には国境なき医師団の医師たちも関わりました。医師たちは、実際の治療現場で適切な治療薬がないことを痛感していました。例えば、アフリカ睡眠病には、ヒ素誘導体の治療薬であるメラルソプロールの投薬が行われていましたが、副作用によって20人に1人が亡くなっていました。医師にとっては、ただ唯一の治療手段が、救おうとしている患者の命を奪ってしまう可能性があるという現実は極めて絶望的でした。
その後、内蔵リーシュマニア症およびシャーガス病の新しい治療法を生み出すことに成功したDNDiは、2011年にその活動を小児HIVおよびフィラリア症など、他の疾患にも拡大しました。新規事業計画(2015〜2023年)では、患者ニーズが満たされていない2つの病気、マイセトーマ(菌腫)とC型肝炎の医薬品開発への参入により、ダイナミックなポートフォリオとして拡大を図りました。
他にも、NTDs向けの新薬開発で困難なことはありますか?
私たちが対象とするのは、研究開発から見放されてきた病気ですので、新薬研究開発のプロセスにおいても、未解決の問題がたくさんあります。まず、将来の治療薬になり得る化合物ライブラリーを利用できるのか、という問題です。この解決策の1つに、GHITから支援を受けている、私たちの顧みられない熱帯病創薬ブースター(NTD Drug Discovery Booster)があります。これは非常に革新的な医薬品研究開発のメカニズムで、研究の拡大と強化を促すとともに、製薬企業などが保有する化合物ライブラリーを活用しやすくなりました。顧みられない熱帯病創薬ブースターは、創薬の初期段階における商業的な障壁を回避することにより、製薬企業の参入を可能にし、複数の製薬企業が持つ数百万もの化合物の中から、リーシュマニア症およびシャーガス病のためのリード化合物の同時探索を行うものです。
さらに、候補となっている化合物が、目的の病原体に効果があるかどうかを分類し、テストしなければなりません。多くの場合に病原体となる寄生虫に対して、スクリーニングを実施する必要もありますが、これは、日本の研究者との協力により実現することができました。次に、スクリーニングから得られた化合物を、最終的に患者さんに投与できるように作用機序や効果などを化学的に改善する必要があります。そして、ヒトでの効果・安全性の検証を予測するために作られた動物モデルでの試験も必要になります。
顧みられない熱帯病はたくさんの研究から恩恵を受けているわけではないので、今はヒトでの効果・安全性を予測できる最適なモデルの研究開発に務めています。たとえば、シャーガス病を引き起こすクルーズトリパノソーマという原虫に感染したマウスに薬剤を投与した場合、そのマウスで認められる現象がヒトでも認められるのか予測しなければなりません。
“GHITが資金を提供することにより触媒の役割を果たし、顧みられない熱帯病の研究を進めやすくする土台ができました。”
DNDi は複数のセクターとのパートナーシップによって新薬開発に成功してきました。このようなパートナーシップにはどのような価値があるのでしょうか?
まず、新薬の研究開発は単独で実現できるものではありません。パートナーが必要不可欠です。DNDi の場合は、可能な限り早い段階で、パートナー間で共通の目的を持つためのベストな方法を見つけようと務めています。そのためには、多岐にわたる活動を適切にこなすことのできるパートナーと組むという柔軟性が求められます。パートナーそれぞれが独自の専門性を持ち寄り、全員が協力して共通の目標を達成できるように調整することが私たちの役割です。
さらに、より効率的な新薬研究開発をするために、私たちは「ターゲット・プロダクト・プロファイル(Target Product Profile: TPP)*」を定めてプロジェクトを実施しています。TPPは、「プラットフォーム」と呼ばれるグループにより定義されます。例えば、LEAPプラットフォーム(リーシュマニア)、HATプラットフォーム(アフリカ睡眠病)、CCRPプラットフォーム(シャーガス病)などの専門家グループが、医薬品研究開発におけるTPPを定義します。この専門家グループには、現地で医薬品を使用するすべてのステークホルダー、つまり、アカデミア、臨床医、国家プロジェクトの関係者、保健省、NGO、製薬産業などが含まれます。関係者全員が集まり、「この治療薬や治療法の理想的な特性や仕様は何か?」「どこまで容認できるのか?」「解決策としてどこまで受け入れられるのか?」といった問題を議論します。これにより、関係者全員の問題やゴールに対する共通認識を深め、プロジェクトを円滑に進めていくのです。
※医薬品開発において用いられる評価の手法です。開発の初期段階から市場に出るまでの製品の目指す目的/特徴を明確にします。例えば、対象疾患、有効性/安全性、競合品との比較や優位性、付加価値(服用容易性、利便性、患者のニーズに見合う等)、治療方法、販売方法(原価、価格、管理費)があげられます。
DNDiと日本との関係について教えてください。
DNDiが設立された翌年、2004年に東京に事務所を開設しました。2005年の初めには、北里研究所との共同研究を開始しました。アフリカ睡眠病の病原体であるトリパノソーマに効果のある化合物を探索するために、北里研究所が保有する天然化合物のスクリーニングを行いました。この事例は、当時、DNDiの初代の研究開発責任者だったサイモン・クロフト博士(現ロンドン大学公衆衛生熱帯医学校感染症熱帯病研究科教授)の指揮下で行われ、スクリーニング用ツールの開発を行うなど、非常にやりがいのある、前向きな提携でした。
日本には感染症の取り組みについて長い歴史がありましたし、DNDiとの協働が始まる以前から、感染症に取り組む日本の科学者たちとの交流もあったので、自然な形でパートナーシップが始まったといえます。
“顧みられない熱帯病の新薬研究開発に好循環が生まれていることを証明することができれば、他の諸国もGHITの経験を学び、同じような仕組みを構築するかもしれません。”
DNDiとGHITとのパートナーシップは、ウォルガフト氏にとってどのような影響がありましたか?
GHITによる私たちのプロジェクトへの投資は非常に重要なものとなっています。GHITが資金を提供することにより触媒の役割を果たし、顧みられない熱帯病の研究を進めやすくする土台ができました。特に、GHITによって、探索研究や前臨床試験などの開発段階への資金提供がより活発に行われるようになりました。初期段階の創薬は、失敗するリスクが高いため資金提供は容易なことではありません。もし資金不足の場合には、私たちはその点を自ら解決しなければならないですし、そうしなければその後の道も開けないのです。そういった意味で、GHITは極めて重要かつ他に類を見ない役割を担っていると思います。
創薬の専門家たちは、私たちのこれまでの実績について感銘を受けています。例えば、すでに申し上げた顧みられない熱帯病創薬ブースターに助成金の提供を開始したのはGHITでした。この創薬ブースター自体比類のないもので、(複数の企業が)協働しながら化合物探索を行い効率性を上げるという、革新的なプロジェクトです。この創薬ブースターについては、今後も様々な場面で見聞きすることになると期待しています。
NTDs向けの新薬の研究開発を変革していくうえで、日本はどのような貢献ができるでしょうか?
日本にはグローバルヘルスに対する深い歴史があります。2000年にG8議長国として、日本は感染症の問題を議題として取り上げました。また、伊勢志摩サミットでも「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」 の推進に大変積極的でした。2016年夏に、私はケニアのナイロビにいたのですが、そこではアフリカ開発会議(Tokyo International Conference on African Development: TICAD)が開催されていました。これらの日本の取り組みを見れば、日本がグローバルヘルスに対して持続的にコミットする意思を持っていることは明白でしょう。
また、DNDiと日本との協力関係に目を向ければ、多くの事例を挙げることができます。大阪大学、東京大学、長崎大学などの研究機関とも早くから連携してきました。国際協力機構(JICA)が支援するバングラデシュの病院とも協働しています。また、アステラス製薬、エーザイ、武田薬品、塩野義製薬など、多くの日本の製薬企業とも連携していますし、その他の企業や大学とともに皮膚リーシュマニア症の免疫調整に関するプロジェクトも実施しています。
2004年に日本に事務所を開設して以来、多くのプロジェクトが行われ、今後も継続的に新たな提携が進む予定です。DNDiのポートフォリオを見ると日本の貢献がいかに大きいか、ご理解頂けると思います。
“意義深く、医療に新たな価値を創出することこそ、私のモチベーションです。”
シャーガス病の患者(ボリビア)
現在、エーザイ株式会社と行っている、E1224のプロジェクトについて教えてください。
DNDiとエーザイとの共同研究開発の事業は、日本のコミットメント、そして、顧みられない熱帯病を支援するエーザイのリーダーシップを示す良い例だと思います。2009年に、シャーガス病に関する研究開発において両者間の締結がなされました。それも極めて短い期間で合意に達しました。E1224(ラブコナゾールのプロドラッグであるホスラブコナゾール)という化合物を用いて、現在はボリビアでシャーガス病の併用療法開発のための臨床試験が行われています。
シャーガス病は感染症の一つで、昆虫が媒介する寄生虫(クルーズトリパノソーマ)が病原体となっています。この寄生虫は、ラテンアメリカの貧困層の家屋の壁や壁の亀裂の中に住んでいます。何百万もの人たちに感染していますが、たいてい症状がありません。初めて感染した後でも、ほとんどの患者に急性症状は出ません。症状が出たら治療を受けることになりますが、治療は極めて困難となります。この病気は進行がきわめて遅いため、初めて感染して20~30年経ってから、一部の患者に心臓病が発症します。心臓病が発症してしまうと、抜本的な治療法はありません。死亡するか、消化器系の病気を併発します。ラテンアメリカでの感染症による主要な死因になっており、極めて深刻な病気です。
この病気に対する治療薬として、ベンズニダゾールとニフルチモックスという薬剤があります。ところが、この病気が慢性化した場合には、これらの治療薬を毎日2回、60日間服用しなければならず、かつ強い副作用もあります。服用期間が長く、副作用に耐えられない患者さんが多いため、服用を正しく続けることは困難です。そのため、経口治療薬で効果が十分に長続きし、副作用の少ない治療薬が求められています。現在臨床試験中のホスラブコナゾールは半減期がとても長く、最初の3日間だけ多めに服用すれば、1週間分の治療になるという特徴を持った薬剤です。
従来の薬剤であるベンズニダゾールは服用期間が長かったのですが、ホスラブコナゾールと組み合わせて服用することで治療期間を短縮できる可能性があります。そうすれば、副作用のリスクを軽減できるため、正しい服用が期待できます。慢性の患者の場合でも、効果を維持、あるいは増加させることができます。
最近では、2015 年と 2016年にも、エーザイと別の新たな共同開発を実施しています。これは、ホスラブコナゾールをマイセトーマ(菌腫)の治療に用いるための試験です。マイセトーマは、最も深刻な顧みられない病気の1つです。スーダンでの臨床試験にエーザイがDNDiに協力してくれたことを心から感謝しています。
今後5年から10年先を考えるとき、GHITと日本の製薬業界、アカデミア、政府がNTDs向け新薬研究開発に期待することは何でしょうか?
DNDiにとっては、GHITからの継続的な資金の提供は極めて重要です。そのため、GHITによる資金の提供が私たちの成功につながることを示したいと考えています。顧みられない熱帯病の新薬研究開発に好循環が生まれていることを証明することができれば、他の諸国もGHITの経験を学び、同じような仕組みを構築するかもしれません。また、DNDiにとっても、より医薬品開発のための資金獲得の機会が増えるという意味で、GHITがよりポートフォリオへの投資を行ってくれることも期待しています。
ウォルガフト氏が、NTDsの新薬開発に携わる思いをお聞かせください。
私は医師ですが、キャリアの大半を研究開発に捧げてきました。意義深く、医療に新たな価値を創出することこそ、私のモチベーションです。患者さんを治療するための新薬を開発すること、研究開発そのものが私の価値観に合致しているのだと思います。情熱を傾け、全身全霊で医学や臨床研究に取り組むことができるのはこうした理由です。
本インタビューに掲載の所属・役職名は、2017年のインタビュー公開時のものです。
- 略歴
- ナタリー・ストラブ・ウォルガフト
顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
DNDiのメディカル ディレクター、また臨床開発のディレクターを兼任。Trophos社で臨床開発ディレクターを歴任。15年以上の臨床開発経験を生かし、大手製薬企業ファイザーやルンドベックでも臨床開発を担当。臨床研究機関やAspreva社のフランス オフィスでもメディカル ディレクターとして活躍した後、現在に至る。
STAKEHOLDER INTERVIEWSARCHIVES
FUNDING
01
山本 尚子厚生労働省 大臣官房総括審議官
(国際保健担当)
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02
ハナ・ケトラービル&メリンダ・ゲイツ財団
グローバルヘルス部門ライフサイエンスパートナーシップ
シニア・プログラム・オフィサー
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03
スティーブン・キャディックウェルカム・トラスト
イノベーションディレクター
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DISCOVERY
01
デイヴィッド・レディーMedicines for Malaria Venture (MMV) CEO
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02
中山 讓治第一三共株式会社
代表取締役会長兼CEO
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03
北 潔東京大学名誉教授
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授・研究科長
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DEVELOPMENT
01
クリストフ・ウェバー武田薬品工業株式会社
代表取締役社長 CEO
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02
畑中 好彦アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
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03
ナタリー・ストラブウォルガフト顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
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ACCESS
01
ジャヤスリー・アイヤー医薬品アクセス財団
エグゼクティブ・ディレクター
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02
近藤 哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所
駐日代表
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03
矢島 綾世界保健機関西太平洋地域事務所
顧みられない熱帯病 専門官
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