STAKEHOLDER INTERVIEWS
グローバルヘルスR&Dに関わる
ステークホルダーへのインタビュー
この5年で日本が変わったこと
今後日本と世界が進む未来
POLICY
01
マーク・ダイブル
世界エイズ・結核・マラリア対策基金
(グローバルファンド)
前事務局長
“三大感染症の流行を終息することは可能ですが、それは、様々なパートナーが一丸となって協働することによって初めて達成可能となります。”
グローバルファンドが設立された経緯と理由を教えて頂けますか?
グローバルファンドは、2002年に開発途上国のエイズ、結核、マラリア対策を支えるために設立された国際機関で、これらの三大感染症の流行終息をミッションおよびビジョンとして掲げています。三大感染症に苦しむ低所得国から日本のような先進国の国々まで、様々なパートナーたちが連携協力しながらで三大感染症と闘っています。
マラリアと結核は、医学の歴史としても古く、古書にも記載があるような感染症で、未だに日本は結核中まん延国です。また、エイズは現代の疫病とも言われています。これらの三大感染症の流行を終息することは可能ですが、それは、様々なパートナーが一丸となって協働することによって初めて達成可能となります。
グローバルファンドは、三大感染症の流行終息という目標を実現するための官民パートナーシップです。設立の経緯は、日本の皆さんが誇るべきものです。きっかけとなったのは、2000年のG8九州・沖縄サミットでした。当時の国連事務総長コフィ・アナン氏、ナイジェリアのオバサンジョ大統領などと共に、G8のリーダーたちがグローバルファンドのコンセプトと必要性を提唱したのが発端です。それがG8のイニシアチブとなり、グローバルファンドの誕生につながりました。設立以来、グローバルファンドは、2000万人以上の命を救う保健医療事業を支援してきました。これは特筆すべき実績です。こうした目覚ましい進展により、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDG)の中のエイズ・結核・マラリア流行の終結という目標のもと、現在これら三大感染症の抑制は、大きな山を越えました。
“さらに多くの命を救い、そして感染を予防するためには、絶え間ないイノベーションと新たな技術が必要なのです。”
グローバルファンドにおける日本の役割とは、どのようなものでしょうか?
設立から今日に至るまで、日本はグローバルファンドに対してとても大きな役割を果たしてきました。G8九州・沖縄サミットを機にグローバルファンドは誕生しましたが、実は、現総理大臣である安倍晋三氏は、当時総理大臣だった森喜朗氏とともに、日本代表団の主要メンバーとして活躍されていました。
日本はグローバルファンドの主要ドナー国です。重要なのは設立経緯や資金拠出だけではなく、日本は設立当初から知的リーダーシップを発揮していることです。日本の学術界や非政府組織、市民社会、さらに日本政府(与党がいずれの政党であっても)、超党派の国会議員など様々な方々にグローバルファンドを強く支援していただいています。
日本は、資金的・政治的支援、アドボカシー支援にとどまらず、知的・政策的にもリーダーシップを発揮しています。1960年代から実施した国民皆保険制度で、日本はユニバーサル・へルス・カバレッジ(UHC)を導入・維持しています。その経験をもとに日本は、「UHC」と外交政策の柱である「人間の安全保障」を重点的に推進しています。日本は、この二つの政策が人々の保健医療や教育へのアクセスの向上につながり、経済的な機会に導く保健システムへの投資を推進することを強調してきました。日本は、こうした政策面でのリーダーシップをグローバルファンドでも発揮しております。私たちにとって、極めて価値が高いものです。
グローバルファンドの活動において、日本の民間企業はどのような役割を果たしているのでしょうか?
日本の民間企業は、生産性と製品に関するノウハウや知見の面で貢献してきました。2009年から2016年にかけて、グローバルファンドは日本所在の企業から4億4000万米ドル相当の製品を購入しています。この中には新しい製品や革新的な製品も含まれており、その一番良い例は、大塚製薬が開発した抗結核薬デラマニドです。これは、複数の薬剤に対する耐性を持った多剤耐性結核菌に対して最も効果のある薬剤の1つです。また、日本の製薬会社の武田薬品は、アフリカにおける保健医療人材の育成・強化を図る寄付プログラム「タケダ・イニシアチブ」を立ち上げ、グローバルファンドを通じて貢献しています。
“GHIT自体、重要なイノベーションの1つだと思います。”
感染症との闘いにおいて、なぜ新しいイノベーションが必要なのでしょうか?
まず、三大感染症の流行終息の実現を加速するには、効果の高い新たなワクチンが必要です。マラリアとエイズには、それぞれワクチンがありますが、効果が高いとは言えません。結核に関しては、数十年も前に開発された従来のBCGワクチンのみで、新しいものはありません。理論的には、現在ある治療薬で、結核とマラリアの流行終息は可能ですが、薬剤耐性が大きなリスクです。大勢の人たちを治療するうえでは、薬剤耐性は避けられません。マラリアに関しては、大メコン圏で既存の抗マラリア薬への耐性の広まりを確認しています。日本からそれほど離れてはいない地域です。薬剤耐性の広まりを抑えなければ、既存の抗マラリア薬が機能しなくなり、第1選択薬として使えなくなるという状況に陥ります。さらに、マラリアを媒介する蚊に対して使用される殺虫剤耐性も確認されています。
数年前のことですが、約50年ぶりに結核の新薬が市場に登場しました。エイズの治療が始まったわずか20年前、患者は毎日15~20錠もの錠剤を服用しなければなりませんでした。今は、1つの錠剤に3種類の薬剤が配合されているため、毎日1錠だけ飲めばよいのです。また副作用も軽減されて飲みやすくなりました。別のイノベーションの事例を挙げると、エイズ治療薬(抗レトロウィルス薬)の注射薬が開発されたため、1回注射をすれば3か月間効果が持続できるようになりました。このように、予防だけでなく治療においても、効率と効果が向上されています。新たな予防技術がどんどん登場しており、遺伝子治療なども目覚ましく発展しています。たとえば、マラリア原虫を媒介する蚊の遺伝子を操作して、媒介できなくなることも可能になるかもしれません。
結核とマラリアを撲滅し、エイズをコントロールできるようになれば、三大感染症の流行終息を見届けることができます。今の流れを加速化し、さらに多くの命を救い、そして感染を予防するためには、絶え間ないイノベーションと新たな技術が必要なのです。
“グローバルヘルスに民間企業の参画を促すことは極めて重要なことです。”
GHITがグローバルヘルスのイノベーションを推進する上で、今後カギを握る方策は何だと思われますか?
GHIT自体、重要なイノベーションの1つだと思います。日本の医療保健政策と外交政策の土台をなす「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」と「人間の安全保障」を実現していく過程で、グローバルヘルスの製品開発を推進するという目的で設立された、優れた官民パートナーシップの実例です。
日本政府のリーダーシップとコミットメントがあり、さらには民間企業を本格的に巻き込むことで、GHITは他の国々も模倣できるビジネスモデルを作り上げました。グローバルヘルスに民間企業の参画を促すことは極めて重要なことです。
世界的規模の官民パートナーシップを成功させる鍵とは何でしょうか?
グローバルファンドのような官民パートナーシップを成功させる鍵となる要因は3つあります。すでにGHITの事例についてはお話ししましたが、まずは、政治的なリーダーシップです。これがないと、パートナーシップは簡単に崩れてしまいます。さらに、民間企業が全面的に関与することも重要です。そして、民間企業が株主に対して責任を負っていることをしっかり認識し、民間企業が参画するためのインセンティブを提供することが、官民パートナーシップを進める上でとても重要です。
GHITはまさに民間企業が参画するためのインセンティブを提供するために設計されています。また、企業にとっては、日本の政治的リーダーシップがあること、グローバルファンドやGavi(ワクチンと予防接種のための世界同盟)、国連機関、学術界、NPOなどとの連携関係を持っていることが市場開拓につながるインセンティブになります。企業は、株主に投資がどのような成果が出すかを説明しなければなりませんから、市場が必要なのです。
GHITがやってきたような民間企業を巻き込んだ市場開拓は、イノベーションの創出から、製品の供給までを加速させています。民間企業にとって市場があれば、低コストの製品を大量販売することで、十分な利益が得られるというインセンティブがあり、株主にも利益を還元することができます。
官民パートナーシップが機能するのは、誰もが何らかのメリットを享受できる場合です。お互いが相手のニーズや要望に応え、各組織の間の相違を理解していなければなりません。最終的な結果や価値を最大化するために、お互いの違いをどのように利用するかが、パートナーシップを成功させる鍵だと思います。
“日本は拠出資金とアイデアをつねに提供し続け、日本の民間企業も革新的な製品を生み出して提供しています。未来を見据えて、新しいアイデア生み出していることが、とても心強いです。”
グローバルヘルスにおける政策面で、今後日本にはどのような役割を期待しますか?
この15年間日本が国際保健政策に貢献してきたことが、今後の15年間も継続されれば非常に良いと思います。それには資金面での継続的な貢献も含まれます。2016年に開催されたG7伊勢志摩サミットの直前、安倍首相はグローバルヘルスに対する大規模なコミットメントを表明しました。日本政府が11億米ドルの資金をグローバルファンドやGHITなどの国際保健機関に拠出することを表明していました。 さらに日本は、SDGにユニバーサル・ヘルス・カバレッジを含めることを強く推進し、絶大なリーダーシップを発揮しました。また2016年は、アフリカ開発会議(TICAD)が初めてアフリカで開催され、大成功を収めました。
しかしこれは資金の話だけにとどまりません。日本が拠出した資金は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ、人間の安全保障など日本発のアイデアが広まることを支持し、さらにこれらを民間企業と結びつけることに役立っています。日本は拠出資金とアイデアをつねに提供し続け、日本の民間企業も革新的な製品を生み出して提供しています。未来を見据えて、新しいアイデア生み出していることが、とても心強いです。
“こうした状況のもとでは、人間は内向きで後ろ向きになり、不安を抱えてしまう傾向があります。不安からは嫌疑と絶望が生まれがちです。しかし不安に惑わされないと決意し、希望を持って未来に向かえば、どのような問題も解決できます。”
現在の世界の地政学は、グローバルヘルスにどのような影響を及ぼしていると思いますか?
グローバルヘルスにとって、現在はとてもエキサイティングな時代だと思います。様々な国々がこの分野に力を注いでいます。日本とカナダは強力なリーダーシップを発揮していますし、イギリスとドイツはグローバルファンドへの誓約を増やしています。ドイツのメルケル首相のリーダーシップのもとでG20は、より安全で繁栄した世界を築くためには開発と保健が重要であることを推進しています。これは、2016年のG7伊勢志摩サミットにおける安倍首相のリーダーシップを引き継いでいるものです。
今、グローバルヘルスと開発は大きな転機を迎えています。世界中のいたるところで地政学的また経済的に激変が続いている中、多くの人々とアイデアが入れ替わっています。こうした状況のもとでは、人間は内向きで後ろ向きになり、不安を抱えてしまう傾向があります。不安からは嫌疑と絶望が生まれがちです。しかし不安に惑わされないと決意し、希望を持って未来に向かえば、どのような問題も解決できます。
これこそ、過去15年間のエイズ、マラリア、結核との戦いから学んだ教訓です。貧困は改善され、識字能力も向上してきました。皆が力を合わせて前向きに世界を見つめ、何ができるかを考えれば、きっと偉大なことを成し遂げられます。
本インタビューに掲載の所属・役職名は、2017年のインタビュー公開時のものです。
- 略歴
- マーク・ダイブル
世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)前事務局長。免疫学専門の医師、行政官、大学教員などの立場から25年以上にわたり、感染症の予防と治療に携わってきた。前職は、ジョージタウン大学オニール研究所国際保健法プログラムの共同ディレクター、また同研究所の名誉客員研究員。米国大統領エイズ救済緊急計画(President’s Emergency Plan for AIDS Relief、PEPFARという名称で知られる)の設立を主導し、2006年には同機関の代表であるグローバル・エイズ調整官(国務次官補級)に任命され、2009年まで務めた。それ以前は、米国立衛生研究所アレルギー・感染症研究所にて、HIVウィルス学、免疫学、治療最適化に関する基礎・臨床研究に従事し、アフリカにおける抗レトロウィルス剤の併用治療に関する史上初の研究を含め従事。
STAKEHOLDER INTERVIEWSARCHIVES
FUNDING
01
山本 尚子厚生労働省 大臣官房総括審議官
(国際保健担当)
#
02
ハナ・ケトラービル&メリンダ・ゲイツ財団
グローバルヘルス部門ライフサイエンスパートナーシップ
シニア・プログラム・オフィサー
#
03
スティーブン・キャディックウェルカム・トラスト
イノベーションディレクター
#
DISCOVERY
01
デイヴィッド・レディーMedicines for Malaria Venture (MMV) CEO
#
02
中山 讓治第一三共株式会社
代表取締役会長兼CEO
#
03
北 潔東京大学名誉教授
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授・研究科長
#
DEVELOPMENT
01
クリストフ・ウェバー武田薬品工業株式会社
代表取締役社長 CEO
#
02
畑中 好彦アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
#
03
ナタリー・ストラブウォルガフト顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
#
ACCESS
01
ジャヤスリー・アイヤー医薬品アクセス財団
エグゼクティブ・ディレクター
#
02
近藤 哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所
駐日代表
#
03
矢島 綾世界保健機関西太平洋地域事務所
顧みられない熱帯病 専門官
#