STAKEHOLDER INTERVIEWS グローバルヘルスR&Dに関わる
ステークホルダーへのインタビュー
この5年で日本が変わったこと 
今後日本と世界が進む未来

POLICY

03

武見 敬三

自由民主党参議院議員
国際保健医療戦略特命委員会委員長

“グローバルヘルスに関する政策立案の中で、日本は一貫して、先駆的に、かつ総合的な戦略を提言する役割を担ってきたということがいえると思います。”

グローバルヘルスとはどういった分野なのでしょうか?

1990年代、人・物・金・情報が国境を越えて行き交う相互依存関係、言い換えればグローバリゼーションが急速に進展をして、その中で健康にかかわる課題、特に感染症などについて一国では解決できない問題が数多く出てきました。国境を越えて広がる危険な感染症に対してグローバルなレベルで懸念が高まると同時に、国際社会が一体となって取り組むための共通の枠組みが必要であるとの認識も生まれました。それまではこの分野は「国際保健(または、インターナショナルヘルス」)と呼ばれていました。先進国が低中所得国を支援する二国間援助、国際機関などへの拠出・出資を通じて支援を行う多国間援助などのスキームを通じて、保健医療の問題に取り組んでいたのです。しかし、2000年頃から、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を始めとする国際的な慈善団体や、革新的な官民パートナーシップ、NGOやNPOといった新たなプレイヤーがこの分野に参画し始め、極めて大きな影響力を持つようになりました。もはや国際保健は国や国際機関だけで取り組むものではなくなり、より多くの関係機関や団体が一体感を持ってダイナミックに連携しながら、課題に取り組む分野へと姿を変えていきました。そして、今ではこの分野はグローバルヘルスと呼ばれるようになり、世界が抱える様々なアジェンダの中でも最も重要な分野の一つとなりました。これがグローバルヘルスと呼ばれるようになった経緯です。

日本とグローバルヘルスへの関わり方について教えてください。

日本のグローバルヘルスの分野との大きな関わりは、G7・G8サミットがその舞台となってきました。日本は2000年の九州・沖縄サミットで、サミット史上初めて、感染症の問題をアジェンダとして取り上げるとともに、「沖縄感染症対策イニシアチブ」を発表し、感染症対策支援として30億ドルの資金拠出を表明しました。日本のリーダーシップがきっかけになって、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)の創設へとつながる道筋ができました。

その8年後となる2008年には北海道洞爺湖サミットが開催され、日本はグローバルヘルス分野における「保健システム強化(Health Systems Strengthening)」の重要性を強く主張し、このテーマをグローバルヘルスにおけるメインストリームにしていく上で大変大きな役割を担いました。この当時、感染症対策のみにフォーカスした「疾患別アプローチ」だけでは、低中所得国の保健医療問題を包括的に解決することはできないという指摘がなされており、保健人材の能力開発等を含めた保健システム自体の強化が重要であるという認識が高まっていました。こうした背景を踏まえて、日本は、これまでに行ってきた感染症対策や予防接種などの「疾患別アプローチ」という縦軸に加えて、「保健システム」という横軸もきちんと強化することで、グローバルヘルスの課題をより効果的に解決すべきであるという提言を行いました。結果として、その後、「保健システム強化」はグローバルヘルスにおける最も重要なテーマの一つとなっていきました。

2016年の伊勢志摩サミットでは、エボラ熱やジカ熱などの公衆衛生や経済に深刻な影響を与えた感染症の発生等を踏まえて、平時から、地域・国レベル、そしてさらには世界レベルでこうした感染症に対する危機管理体制を構築する必要性を日本は提言しました。さらに、日本が推進するユニバーサル・ヘルス・カバレッジの達成に向けて、各国がより強靭で持続可能な保健システムを作り上げていくことができるような国際的枠組みや連携の必要性を強く訴えました。

グローバルヘルスに関する政策立案の中で、日本は一貫して、先駆的に、かつ総合的な戦略を提言する役割を担ってきたということがいえると思います。そして今、これらに加えて、GHITを中心としながら、日本の創薬能力を活かしたイノベーションの創出、グローバルヘルスR&Dにも積極的に取り組んでいます。

“グローバル化社会においては、人や物の移動も激しく、感染症に関しても「対岸の火事」では済まされない状況になります。従って、日本も積極的に関与する必要があります。”

そもそも、なぜ日本がグローバルヘルスに取り組む必要があるのでしょうか?

1つ目は理念的なものです。日本は1990年代の小渕内閣の際に、「人間の安全保障」という考え方を我が国の政府開発援助(ODA)などの国際協力の基本理念としました。これは、簡単に言うと、あらゆる人々が有意義な人生を自分自身で選ぶことができるように、選択肢をできるだけ多くするということです。この考え方に基づくと、健康を損なった場合、教育や職業訓練を受けたり、あるいは就業の機会を得たりする選択肢が限られてきます。つまり、健康だけでは有意義な人生の選択肢にはなりませんが、健康を損なうと全てのその他の選択肢が大きく損なわれます。結果として、この「人間の安全保障」を推し進めるためには、健康は1つの中核的分野だという認識が出てきました。これが沖縄サミット、洞爺湖サミット、そして伊勢志摩サミットと、G7・G8サミットに関わる日本の取り組みの基本的な理念になっていたのです。

2つ目は、日本の優れた強みを世界に生かすことです。日本は極めて先進的な長寿国です。日本の健康寿命は男女ともに世界でトップクラスです。一方、平均寿命も同様です。それを支える日本の保健・医療・介護分野の政策は、世界的に見てもかなり優れた水準にあります。したがって、この日本の強みを国際的な保健・医療の問題にもしっかりと貢献できるようにし、我が国の新たな国際貢献の柱にしていくという考え方がその中から出てきました。

3つ目は、低中所得国への貢献です。特にアジアでは、日本に続いて多くの国々が急速な高齢化社会に入っていきます。日本の高齢化の場合ですと、例えば従属人口指数がピークに達したのは1960年ぐらいですが、その後2000年ぐらいまで大体横ばいでした。その間は、生産労働人口が、高齢者や子どもといった従属人口に対する負担を負わずに済む時期が40年続き、極めて恵まれた時間を持つことができました。この間に、日本は1961年に国民皆保険制度や国民皆年金制度を導入しました。1980年代に入って高齢化対策プランを作り、2000年に介護保険を導入し、急速な高齢化に対応してきました。

しかし、アジアの国々は日本のようなU字型の従属人口指数の変化ではなくて、実はピークに達したと同時に、今度は急速に高齢人口が増えるというV字型の変化を人口動態の中でしていくことが予見されています。そうすると、日本のように40年かけてゆっくりと準備するというゆとりがありません。しかも、皆保険制度や、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジを達成する前に、大量の高齢人口がアジアの国々の中に出現することが予想されます。これは大変な社会問題になるでしょう。したがって、こういう問題をむしろ今の時点から解決するために、日本がアジアの国々に対してこの分野で大きく包括的に貢献していくことが必要です。

“国境を越えた官民連携を当初から実現していたことが、GHITのこれまでの成功の要因だと考えています。”

日本のグローバルヘルスの柱にR&Dが新たに加わったということですが、日本で問題にならない熱帯病の医薬品をなぜ日本が作る必要があるのでしょうか?

これにもいくつも理由がありますが、まず1つ目には、低中所得国だけで必要とされる医薬品といっても、エボラ熱のような感染症であった場合には、日本にまで感染が及ぶ可能性もあるわけです。グローバル化社会においては、人や物の移動も激しく、感染症に関しても「対岸の火事」では済まされない状況になります。従って、日本も積極的に関与する必要があります。

2つ目には、そうした低中所得国の中での感染症が、それぞれの国の発展に深刻な影響を与え、社会的な負荷をもたらすことが予見されるためです。たとえば、輸入相手国の機能や経済がストップすれば、日本にも政治やビジネスの面でも影響が及ぶでしょう。我が国は、やはり責任ある成熟した国家として、こうした課題に対して積極的に貢献をする責任があると思います。

3つ目には、やはり日本の製薬企業を世界に貢献させるための活躍の場を作る必要があるためです。日本の優れた技術を国内の市場だけで活動するのではなく、低中所得国を含めてグローバルに活動して大きく発展していくことを期待しています。そうすることで、日本の企業の国際競争力も促進されると思います。また、日本の製薬企業の中長期的なビジネス機会の創出も視野に入れています。低中所得国だけで必要とされる医薬品の開発をし、そしてそれを供給する仕組みをつくることで、いずれ将来、低中所得国で医薬品のマーケットが成熟し拡大をしたときに、マーケットの中で日本の医薬品産業というものがいち早く重要な位置をきちんと占めておくことができるようになるでしょう。現在のGHITの取り組みは、そのための最初の段階であると認識しています。

GHIT設立にあたって、武見先生はどのように関わっていらっしゃったのでしょうか?

GHITを発足させるに当たっては、当時エーザイ株式会社に所属していたスリングスビー氏(現GHIT CEO)が中心になり、日本の製薬企業の人たちとともに、GHITの基本的な考え方を作りました。そして、当初からゲイツ財団のような海外の資金拠出団体ともしっかりと連携しながら、新たな体制づくりを始めていました。

このような中で、私は、この仕組みの中に日本政府が関わることができるように、日本政府に対して働きかける手伝いをしました。その際に非常に重要であったのは、低中所得国だけで必要な医薬品を開発するだけではなく、成果物をそれらの国々の人々が実際に使えるように、供給(デリバリー)の機能を当初から持たせることでした。

しかし、医薬品開発について所轄は厚生労働省であり、対外的な供給の所轄はJICAや国際機関が関係するため、外務省も関わる必要があります。したがって、厚生労働省と外務省の両方から資金調達をすることで初めて、GHITの構想が完結することになります。厚労省と外務省の両省庁にきちんと理解をしてもらい、資金協力を実現するのは非常に難しい課題でした。幸いにして成功しましたが、今後も、この両省庁が、GHITの本来の目的に即応した形で深く関わり、官民連携のプラットフォームとしてもGHITが発展するようにさせるためには、まだまだこれから大きな努力が必要だと思っています。

これまでのGHITの成果、これからの課題について教えてください。

GHIT の大きな成果は、このファンドが発足したこと自体にあると思います。それは、やはり官民連携という官の中においてさえ、外務省と厚生労働省が連携しているということ。なおかつ、民間でも、製薬企業のみならず、ゲイツ財団や、あるいはウェルカム・トラストなど、海外の著名な財団も参加していること。国境を越えた官民連携を当初から実現していたことが、GHITのこれまでの成功の要因だと考えています。

成果物こそまだできてきておりませんが、限られた金額の中で、医薬品開発に関わる着実に成果を上げてきたと思います。そして、活動分野は確実に広がってきています。当初思っていたより日本の製薬企業が関心を持ってGHITに参画していることは、大変喜ばしいことです。今後さらに、より多く、そしてより積極的な日本の製薬企業の参画を期待しています。

しかし、これからが正念場です。製品をきちんとつくって、低中所得国で薬やワクチンを待つ人々に届けるという、当初の目的を達成することが大切です。それを踏まえた上で、例えばUNDPなどの国際機関とも連携をしながらデリバリーの仕組みを構築していく、これが新たなGHITに与えられた課題でしょう。その上で、GHITが革新的な官民連携として、ダイナミックに製品開発からデリバリーまでを担えるようなガバナンスを強化することがGHITにとっての今後の課題であり、私の期待でもあります。

“GHITが革新的な官民連携として、ダイナミックに製品開発からデリバリーまでを担えるようなガバナンスを強化することがGHITにとっての今後の課題であり、私の期待でもあります。”

武見先生はなぜこのグローバルヘルスに取り組まれているのでしょうか?

私がこの分野に携わることになった背景には、いくつもの偶然が重なっています。もともと私は大学で国際政治学というのを勉強していました。それが、たまたま国会議員になって、日本の医療制度改革などにも関わることになりました。そしてその過程で、国際的な観点で医療制度を見るという問題意識も自然と身につけていったように思います。

さらに私の父親が日本医師会長をしていたときに、晩年、ハーバード公衆衛生大学院に武見国際保健プログラムを作りました。このプログラムは、同大学院で国際保健の研究を促進・支援するために作られたプログラムです。海外や日本の研究者を資金的に支援したり、プログラム策定に貢献したりしています。この活動を通じて、長年にわたってグローバルヘルス関連の学術的な活動を支援しつつ、また、私自身もそこで学ぶ機会を得ました。これにより、グローバルヘルスという新しい分野があることに気がつき、それが自分の政治家としての活動と結びついてきたのです。このような背景があって、今日のグローバルヘルスに対する私の関心と関与が生まれました。

これまで幸いにして、自分が思い描いたビジョンは、多くの部分で実現できたように思います。これからは、アジアの高齢化を見据えて、高齢化先進国である日本に蓄積された様々な知見やノウハウを用いて、広く世界に貢献するための体制づくりにも力を入れていきたいと思っています。

略歴
武見 敬三
自由民主党参議院議員
国際保健医療戦略特命委員会委員長
74年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、76年同大学法学研究科修士課程修了、法学修士取得。80年東海大学政治経済学部政治学科助手、87年助教授、95年教授就任。同年参議院議員に初当選。現在4期目。84年~87年、テレビ朝日CNNデイウォッチ、モーニングショーのキャスターを務める。現在、自民党総務会長代理、国際保健医療戦略特命委員会委員長、日本国際交流センターシニア・フェロー、慶應義塾大学、長崎大学、身延山大学客員教授。外務政務次官、参議院外交防衛委員長、厚生労働副大臣を歴任。国連事務総長の下で国連保健従事者の雇用と経済成長に関するハイレベルパネル委員、国連制度改革委員会委員、同じく母子保健改善のための委員会委員、世界保健機関(WHO)研究開発資金専門家委員会委員を務める。2007年から2009年までハーバード大学公衆衛生大学院研究員
 

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/giin/profile/5995043.htm

STAKEHOLDER INTERVIEWSARCHIVES

FUNDING

01

山本 尚子厚生労働省 大臣官房総括審議官
(国際保健担当)
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02

ハナ・ケトラービル&メリンダ・ゲイツ財団
グローバルヘルス部門ライフサイエンスパートナーシップ
シニア・プログラム・オフィサー
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03

スティーブン・キャディックウェルカム・トラスト
イノベーションディレクター
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DISCOVERY

01

デイヴィッド・レディーMedicines for Malaria Venture (MMV) CEO
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02

中山 讓治第一三共株式会社
代表取締役会長兼CEO
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03

北 潔東京大学名誉教授
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授・研究科長
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DEVELOPMENT

01

クリストフ・ウェバー武田薬品工業株式会社
代表取締役社長 CEO
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02

畑中 好彦アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
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03

ナタリー・ストラブウォルガフト顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
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ACCESS

01

ジャヤスリー・アイヤー医薬品アクセス財団
エグゼクティブ・ディレクター
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02

近藤 哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所
駐日代表
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03

矢島 綾世界保健機関西太平洋地域事務所
顧みられない熱帯病 専門官
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POLICY

01

マーク・ダイブル世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)
前事務局長
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02

セス・バークレーGaviワクチンアライアンスCEO
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03

武見 敬三自由民主党参議院議員
国際保健医療戦略特命委員会委員長
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