STAKEHOLDER INTERVIEWS グローバルヘルスR&Dに関わる
ステークホルダーへのインタビュー
この5年で日本が変わったこと 
今後日本と世界が進む未来

DEVELOPMENT

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畑中 好彦

アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO

“保健医療へのアクセスの改善というものは、私どもにとっては、企業の社会的責任の最重要課題の一つです。”

御社がグローバルヘルスに関わるようになったきっかけを教えてください。

以前から、当社の技術や能力をグローバルヘルス、Access to Healthに貢献していきたいという考えは持っていました。このAccess to Health、つまり保健医療へのアクセスの改善というものは、私どもにとっては、企業の社会的責任(CSR)の最重要課題の一つです。現在進めている、「経営計画 2015-2017」のなかでも、Access to Healthの課題に取り組むということに強くコミットをしています。

グローバルヘルスに関わるようになったきっかけの一つは、当社の前会長の野木森が、2010年にIFPMA(国際製薬団体連合会)の副会長に就任したことです。この就任によって、他のグローバルな製薬企業や世界保健機関、あるいは各国政府との対話を通じて、グローバルヘルスが抱える諸課題の重要性や対策の必要性についてさらに強く認識することになりました。当社が果たすべき社会的責任の一つとして、当社が持つ能力をグローバルヘルスにどのように活かしていけるのかという課題に、真摯に取り組んできました。

取り組みが始まった2010年の頃、感染症は当社が注力している疾患の一つでしたし、また当社は様々な製剤の技術を持っておりますので、その技術を使いながらAccess to Healthに貢献することができるのではないかと考えました。その後、複数の産官学による感染症に対するプログラムや、住血吸虫症対策の国際的なコンソーシアムへの参画など、様々な取り組みが立ち上がりました。


小児用プラジカンテルの臨床試験(第二相)が行われたコートジボワール共和国での施設風景

具体的にどのような活動を行っていらっしゃるのでしょうか?

当社が取り組むAccess to Healthの案件で、代表例として挙げられるのが、小児用プラジカンテル・コンソーシアムへの参画です。小児用プラジカンテル・コンソーシアムは、顧みられない熱帯病の一つである住血吸虫症に苦しむ子どもに適切な製剤での薬剤を届けることを目的として設立された国際的な非営利のコンソーシアムで、2012年に設立され、当社以外にMerck KGaAなど複数社が参画しています。プラジカンテルは住血吸虫症に対する標準治療薬で、もともとこの製剤の使用は成人あるいは就学期の児童に限られていました。このプラジカンテルの錠剤は非常にサイズが大きいこと、また強い苦みを有するということから、乳幼児を含む就学前の児童が服用するには適さず、乳幼児を含む就学前の児童に対する有効な治療法がありませんでした。この課題に対して当社の製剤技術を使って、何とか乳幼児を含む就学前の児童にも届けられる製剤にしていきたいという想いからこのコンソーシアムへの参画を決めました。

一見すると企業の利益には直接的には貢献しない製品開発の案件のように思えますが、経営層がコミットした背景にはどういった考え方があるのでしょうか?

当社がこの案件に取り組み始めた背景ですが、次のような話がきっかけになりました。2011年にオランダで行われた学会で、弊社の開発担当者が、たまたまMerck KGaA の担当者の隣の席に座ったそうです。Merck KGaA は、当時からプラジカンテルで住血吸虫症対策に様々な貢献をされていました。ただ、先ほど申し上げたように、乳幼児を含む就学前の児童に対しては、今の製剤ではうまく治療ができないということでした。その担当者から、「何とかこの問題を解決したい」という強い想いを聞いたそうです。そこで、当社が持っている製剤技術が使えるのではないかと考え、社内での検討が始まりました。

では、なぜ私たち経営層がこの取り組みを支援したのか。その理由は、やはり当社がAccess to Healthへの貢献を企業の社会的責任(CSR)の最重要課題の一つに据えていたからです。元来、製薬企業は新薬を生み出すことにより社会に貢献していますが、さらに当社の持っている技術を、まだ満たされないニーズに対して使っていければ、より多くの、病気と闘う患者さんを支えることができると考えました。

医薬品のビジネスは、長期にわたるハイリスクの投資を続けて、研究開発を行うというのが一般的なサイクルです。このような環境下では、医療のニーズは十分に理解していても、商業的にある一定の成功が見込めないと、研究開発の優先順位が下がる傾向にあります。また、この小児用プラジカンテル・コンソーシアムという活動自体は、短期的かつ直接的なビジネスの利益に繋がるものではありません。

しかし、先を見据えたときに、これらの活動を通じて得られたパートナー企業との関係や、開発途上国の現地パートナーとのネットワーク、開発途上国がもつ特有の課題への理解、あるいは各国政府とのネットワーク等、これらすべてを将来的に当社のビジネスにもつなげていくことができると考えました。そして、この活動を通じてステークホルダーからの信頼を得ることができれば、当社の「使命」である企業価値の向上にも繋がると考えたのです。経営層としてこの取り組みに反対する理由は全くありませんでした。

当社の持っている技術を、まだ満たされないニーズに対して使っていければ、より多くの、病気と闘う患者さんを支えることができると考えました。


既存の製剤(上)と新しく開発された小児用製剤(下)
写真提供:アステラス製薬株式会社

子ども用の薬を作る上での課題は何だったのでしょうか?

プラジカンテルの小児用製剤開発にあたっては、当初、患者の体重に応じて複数の錠剤を服用するという前提で、直径2〜3ミリのミニ錠剤を開発していました。しかし、現地の臨床専門家へのヒアリングを通じて様々なことが分かってきました。プラジカンテルは学校で集団投与されるケースが多いのですが、例えばその場で小児の体重に応じて錠数を正確に変えることが煩雑であること、また、小児に複数のミニ錠剤を服用させることで窒息する危険性が生じることなどです。

これらのヒアリングをもとに、製剤設計をゼロからやり直して、当社のもっている製剤の技術で口腔内崩壊錠様製剤を開発しました。これは、水がなくても口の中ですぐに溶ける薬のことです。このようなプロセスを経て、現在の錠剤の製剤化に至りました。既存の製剤に比べて4分の1の大きさに小型化したこと、苦みをマスクしたことなどにより、小児にも飲みやすく、より少ない数錠程度の錠数での治療が可能になる予定です。住血吸虫症という病気は、高温多湿の地区・地域で蔓延していることもあり、製剤の安定性の担保にも工夫を凝らしました。

当社は、「先端・信頼の医薬で世界の人々の健康に貢献する」という経営理念を掲げています。科学の進歩を患者さんの価値に変える、これこそがアステラスの仕事であるということを意識して、従業員にも日々の業務にあたってもらっています。こういった考え方が基盤となって、最近では社員が自社の技術や強みを活かした社会課題の解決をできないかと日常的に考える文化が醸成されてきました。例えば、小児用治療薬のドラッグラグは常に課題になるわけですが、この課題を解決するために、当社内の製剤研究所が小児製剤に関する自主的な研究を始めています。

こうした自主的な活動を見ると、自分たちの持っている能力をさらに社会に活かそうという、従業員一人ひとりの志がより高くなってきていると実感しています。

GHITへの参画を振り返って、今どのように思いますか?

先ほど申し上げたように、会社として地球規模での医療課題、研究開発も含めたグローバルヘルスの課題に取り組もうという方針ができ、実際に動き出した時期に、GHIT設立のお話を受けました。GHITが掲げている、開発途上国の感染症の制圧のために新薬・ワクチン・診断薬の研究開発を支援し、グローバルな連携によってその解決に向けていこうという、この意義は非常に大きいものだと感じました。同時に、基金の形が非常にユニークだという印象を持ちました。一社では解決出来ないような世界的な課題に取り組む形として、官、民、そして財団が共同して基金を作るという枠組みが極めて斬新だと共感し、GHITへの参画を決めました。

株主を含めた当社のステークホルダーから反対するような声はありませんでした。企業がビジネスの観点から大きな利益を生むことを期待されるプロジェクトに取り組むことは当然です。一方で、全てのステークホルダーから信頼を得ていくためには、商業的な成功だけではなく、社会に価値をもたらす活動を行うなどの社会的責任を果たすことが、最終的には当社の企業価値につながると強く信じています。当社の株主や関係者との対話の中で、こうした考え方について理解が得られていったのではないかと思っています。

グローバルヘルスR&Dへの関わりから御社が経験したことは何でしょうか?

まず、小児用プラジカンテル・コンソーシアムに参画したことで、薬剤が使われる現地の事情に合わせていかなければならないということを深く学びました。例えば、薬剤の使われ方、生産コストを抑えること、そして簡素な生産技術で製造ができること、また、熱帯地域の高温多湿な環境の中でも安定性を保つことのできる錠剤を設計しなければならないことです。私たちが通常ビジネスをしている先進国の市場とは全く異なるということを理解しながら、様々な要素を考える必要がありました。これは当社にとって大変貴重な経験でした。

二つ目は、顧みられない熱帯病の創薬に取り組むことによって、外部研究機関との連携のあり方、途上国政府を始めとする新しいステークホルダーとの関係構築についても新たな学びがありました。多くの研究機関やNPOなど、複数の関係者で共同してさらに大きな価値のあるものを創りだしていくという、オープンイノベーションが重要だという点です。

三つ目は、先ほども申し上げたように、社内に新しい文化が醸成されました。「先端・信頼の医薬で世界の人々の健康に貢献する」という当社の経営理念に共感し、自らそれを実行する社員の活動が根付いてきたことです。社員自らが日常の仕事を通じて、さらにその先にある社会的課題を解決し社会の価値を創造するために何かできないかと常に考えるのは、とても喜ばしいことです。

“認識していなかった世界中のパートナーをGHITが仲介してくれることによって、グローバルヘルスの課題解決に向けて前進することができたと考えています。”

日本の製薬企業全体として、グローバルヘルスR&Dへの取り組みはどのように変わってきたと思いますか?

GHITは、日本の製薬企業全体のグローバルヘルスR&Dの取り組みに対する意識を大きく促進したと思います。グローバルヘルスは国境を越えた国際的な保健課題です。当社は日本製薬工業協会(以下、製薬協)という
72の製薬会社が社会的な取り組みを行うための団体に加盟しています。GHITの登場により、製薬協に加盟している各社の意識が変わったと感じています。具体的には、グローバルヘルスの課題に対して、政府や国際機関、NPOなどのステークホルダーと連携し、各社が持っている研究開発の技術や能力を融合することによって、課題解決に取り組もうという意識を強く持つようになったと思います。これは、GHITがユニークな官民パートナーシップとして日本に設立されたことによる、大きな貢献だと思います。

次に、グローバルヘルスの領域は、商業的な観点で言えば、長期にわたるリスクを取りにくい領域ではありますが、GHITの支援は、製薬企業が積極的にこの分野に取り組める大きな後押しになっています。

また財政的支援だけに留まらず、GHITが持つ様々なステークホルダーとのネットワークは極めて大きな価値を持っています。今まで私たちだけでは探しきれなかった、あるいは共通の課題に取り組んでいるが、認識していなかった世界中のパートナーをGHITが仲介してくれることによって、グローバルヘルスの課題解決に向けて前進することができたと考えています。

日本のイノベーションをさらに推進するために、今後どのような取り組みが必要でしょうか?

厚生労働省は、「保健医療2035」という提言書のなかで、日本が世界の保健医療を牽引することを目標の一つとして掲げています。また、製薬協も「産業ビジョン2025」の中で、世界80億人に革新的な医薬品を届けようというビジョンを掲げています。世界中のパートナーとオープンイノベーションに取り組むことにより、日本のイノベーションを世界の病気で苦しむ患者さんに届けていくことができると考えています。

本インタビューに掲載の所属・役職名は、2017年のインタビュー公開時のものです。

略歴
畑中 好彦
アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
1980年一橋大学経済学部卒業後、藤沢薬品工業㈱入社。マーケティング、医薬情報担当者(MR)等を経験後、Fujisawa USA, Inc.にて免疫抑制剤「プログラフ」の米国販売網構築を担う。2003年経営企画部長に就任、2005年山之内製薬㈱と合併時には藤沢薬品工業の実務担当責任者として交渉に携わる。2005年アステラス製薬㈱執行役員経営企画部長、2006年Astellas US LLC President & CEO兼Astellas Pharma US, Inc. President & CEO、2009年上席執行役員経営戦略・財務担当を経て、2011年6月代表取締役社長CEOに就任。

STAKEHOLDER INTERVIEWSARCHIVES

FUNDING

01

山本 尚子厚生労働省 大臣官房総括審議官
(国際保健担当)
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02

ハナ・ケトラービル&メリンダ・ゲイツ財団
グローバルヘルス部門ライフサイエンスパートナーシップ
シニア・プログラム・オフィサー
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03

スティーブン・キャディックウェルカム・トラスト
イノベーションディレクター
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DISCOVERY

01

デイヴィッド・レディーMedicines for Malaria Venture (MMV) CEO
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02

中山 讓治第一三共株式会社
代表取締役会長兼CEO
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03

北 潔東京大学名誉教授
長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授・研究科長
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DEVELOPMENT

01

クリストフ・ウェバー武田薬品工業株式会社
代表取締役社長 CEO
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02

畑中 好彦アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
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03

ナタリー・ストラブウォルガフト顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ(DNDi)
メディカル・ディレクター
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ACCESS

01

ジャヤスリー・アイヤー医薬品アクセス財団
エグゼクティブ・ディレクター
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02

近藤 哲生国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所
駐日代表
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03

矢島 綾世界保健機関西太平洋地域事務所
顧みられない熱帯病 専門官
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POLICY

01

マーク・ダイブル世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)
前事務局長
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02

セス・バークレーGaviワクチンアライアンスCEO
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03

武見 敬三自由民主党参議院議員
国際保健医療戦略特命委員会委員長
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